3S研究者探訪 #07 林 創
嘘のつき方でわかる子どもの心の発達
─ 実験と観察で心の仕組みを明らかに ─

3S(スリーエス)とは、 稲盛研究助成 を受けた研究者から構成される「盛和スカラーズソサエティ(Seiwa Scholars Society)」の略称です。3Sでのつながりをきっかけにその多様な専門性の交流が深まることで、助成対象者の研究がさらに発展していくことを願い、1997年から活動してきました。連載「3S研究者探訪」では、さまざまな分野で活躍する3Sの研究者へのインタビューをお届けしています。第7回は、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の林 創(はやし・はじむ)氏=2009年助成対象者=です。

生まれてすぐの赤ちゃんは、一人では何もできませんが、成長するにつれて寝返りをうったり、立ち上がったりできるようになります。成長していくのは体だけではありません。心も発達していきます。子どもの心は大人とどう違うのでしょうか。「嘘」を手がかりに子どもの心を研究する林氏に、詳しいお話を伺いました。

子どもと大人では嘘の理解が異なる

── なぜ「嘘」の研究で子どもの心の発達がわかるのでしょうか。

林 創氏(以下敬称略) 嘘は私たちにとって、身近なものです。私たちは、周囲に波風を立てないよう、しょっちゅう本心を隠して小さな嘘をついています。ある心理学研究では、人は毎日嘘をついているとも報告されています。また、他者の行動の善悪を判断して嘘を見破る力は、社会を生き抜く上で重要です。他人に嘘をつかれたままだと不利益を被るからです。このような理由から、嘘は社会性と密接に関係しています。嘘をどのように理解しているかということや、何歳頃から複雑な嘘をつけるかという研究は、子どもの心の社会性の発達の程度を表す指標になると私は考えています。

── 嘘の理解は、子どもと大人では、どう違うのでしょうか?

 大人が誰かの発言を嘘だと判断する基準を心理学的に分析すると、「発言が事実と違う」というだけでは不十分で、「発言が事実と違うことを発言者本人が知っている」、そのうえで「相手に発言が本当だと信じさせようとしている」という三つの要素が必要になります。

たとえば、次の絵を見てください。

子どもと大人の嘘の理解を調査する場面設定の例

男の子がチョコレートを青い箱に入れて、部屋から出て行ったとします。そして、男の子が知らない間に、お母さんが部屋に入ってきてチョコレートを緑の箱に移動させました。このとき、男の子はまだ青い箱にチョコレートが入っていると思っていますよね。

このような状態で、男の子が妹にチョコレートを食べてほしくて「青い箱の中にあるよ」と発言した場合、これは嘘をついたことになるでしょうか?大人は、男の子はチョコレートが緑の箱に移動している事実を知らないのだから、嘘をついているわけではないと判断します。ところが、4~6歳の子どもの多くは、嘘だと判断してしまうのです。つまり、発言者がどのような意図をこめて「青い箱の中にあるよ」と言ったのかということよりも、実際には青い箱には入っていないという、事実との食い違いに注意が向きやすいのです。

私たちは、小学1年生と4年生と大人を対象にこの実験を行いました*1。すると、小学1年生でも、約30%の子どもに同じ現象が起こりました。本当のことを言おうとしたのに結果的に事実と違うことを言ったシチュエーションを、「嘘をついた」と判断したのです。

実験結果。発言者の意図、事実と発言の食い違いなど、どのような状況を嘘と判断するかに、大人と子どもの間における理解の違いがあらわれている(Hayashi (2017)*1より稲盛財団が作成)

このように、幼い子どもは、相手が欺こうとしたわけではない場合でも、結果的に発言が事実と異なってしまった場合に嘘だと判断することがあるのです。子育てを経験した方は、もしかしたら、嘘をついたつもりはないのに子どもから「嘘つき」と言われ、理不尽に感じた経験があるかもしれません。そのような場合にも、子どもの嘘の認識が大人とは違うことを知っていれば、子どもへの向き合い方も変わってきます。

複雑な嘘をつくために必要な力

── 嘘のつき方は年齢によってどのように変わってくるのでしょうか?

 最も早くから見られるのが、罰を避けるためにつく単純な嘘です。2歳半〜3歳頃から見られるという報告があります。たとえば、何か盗み食いをしたときに、「食べた?」と聞いたら、首を振ったり、「食べてない」と答えた場合がこれに相当します。

また、聞かれたら否定するという単純な嘘以外にも、相手に誤った考え(誤信念)を抱かせるような意図的な嘘があります。たとえば「オレオレ詐欺」などは、電話の相手に「自分は孫だ」という誤信念を抱かせるように誘導する詐欺です。このような嘘をつくのは、3歳の子どもにとっては難しいことがわかっています。相手に誤信念を抱かせるには、相手の心の中を想像し、相手が何を知らないのか、どう考えて何をするのか、行動を予測する必要があります。人の行動を心の状態によって理解する体系のことを、心理学の用語で「心の理論」と呼びますが、これが大きく発達するのが4~5歳頃と言われており、意図的な嘘をはっきりとつけるようになるのも5歳頃からと考えられています。

── どのような研究手法で嘘のつき方を調べるのでしょうか。

 調べたい課題によって、研究者ごとにさまざまに工夫を凝らした方法が行われていますが、私たちの研究の一例を紹介します*2。私たちは、人形を使った劇を幼稚園の4~6歳の子どもたちに見てもらいました。劇は子どもひとりずつに対して行われます。

幼稚園で実施した人形を使った実験の様子

最初に人形のウサギが登場して「キリンが来たら会いたいんだけど、オオカミからは逃げてるんだ。赤いおうち(もしくは、青いおうち)に隠れるから守ってね」と子どもに話しかけ、子どもは、そうすると約束し、ウサギは赤い家(もしくは青い家)に隠れます。次に、オオカミが出てきて「ウサギはどこだ?」と聞くと、4歳の子の多くは嘘をつけず、素直にウサギの居場所を言ってしまいます。ところが、5歳、6歳になってくると、ウサギのいない方の家を教えて嘘をついたり、聞かれても答えないという行動を取ったりして、ウサギを守ることができました。さらに、オオカミが立ち去ったあとに、味方であるキリンが現れてウサギの居場所を尋ねると、正しい居場所を教えることもできました。年齢によって嘘をつけるかどうかに明らかな差が出たのです。

しかし、私たちが普段他者を欺く必要がある場面は、このような単純な場面ばかりとは限りません。そこで、もっと場の空気を読む必要がある複雑な場面も調べました。下の図の右のような状況です。オオカミがキリンから見えないところに隠れて盗み聞きをしていて、子どもだけがオオカミの存在を知っているというシチュエーションを設定しました。

子どもの嘘のつき方の発達を観察するための複雑な場面設定(右の葛藤条件)。
シーン3bでは、「キリン(味方)に伝わるよう本当のことを言うべき」と「オオカミ(敵)が聞いているから本当のことを言うべきできない」の間で葛藤が生まれる。(図の出典:林 創 (2016) 『子どもの社会的な心の発達』金子書房)

大人がこのシチュエーションに直面すると、キリンにウサギの場所を教えたいけど、オオカミが聞いているから言えないという葛藤が生まれます。このような葛藤条件を設定すると、6歳児でさえ、キリンに聞かれたらすぐにウサギの居場所を教えてしまいました。

── オオカミに教えてはいけないということは、わかっているのでしょうか?

 多くの子がわかっています。それなのに、つい本当のことを言ってしまうのです。嘘をつくためには、心の理論を働かせるだけでなく、自分が知っている情報を反射的に口に出さないように堪えたり、代わりに誤った情報を意図的に伝えたりする必要があります。つまり、自分の行動をコントロールしなくてはなりません。このような自分の注意や行動を制御する能力を「実行機能」と呼びます。

実行機能も心の理論と同様、4~5歳頃から発達してきます。ですから、葛藤がない状況(図の「非葛藤条件」)では、オオカミに嘘をついて欺けるようになります。しかし、この年齢で欺けることは限定的で、葛藤がある状況では、つい本当のことを言ってしまうのです。これは「味方(キリン)に伝えると、敵(オオカミ)にも伝わってしまう」という理解が不十分で、「味方との間で情報を共有する」ということを真の意味でわかっていないことを意味します。子どもと話をしていると、情報を知られたくない人が近くにいるにもかかわらず、その情報を子どもが口にして「どうして、ここで話してしまうの!」と感じる場合がありますが、この結果を知ると、それは起こりうることだとわかるでしょう。

しかし、中にはオオカミが諦めて立ち去るまで、キリンが何度聞いても黙って答えなかったり、「オオカミがいるから小さい声で言うね」と言って、実際に囁くような声でキリンに本当のことを伝えようとするなど、場の空気を読んで柔軟なふるまいをする子たちもいて、感動しました。まさに社会性の発達の途中段階を目撃したわけです。

「不作為の嘘」──本当のことを言わずに黙っているだけなら悪くない?

── 嘘の研究から、ほかにどのようなことがわかるのでしょうか?

 私が興味を持っているテーマは、子どもの心の社会的な発達ですので、「道徳性」の発達にも関心を持って研究をしています。嘘をつかれたときには、それが嘘かどうかの判断だけでなく、その善悪の判断、すなわち道徳性も必要になります。子どもの道徳性の発達の様子を、嘘を手掛かりにして調べたのが2021年発表の研究です*3

小学3年生、6年生、大人を対象に、漫画でシチュエーションを説明して、それぞれに対する善悪の評価をしてもらいました。下の図はシチュエーションの例です。ここでのポイントは、嘘には「作為の嘘」と「不作為の嘘」があることです。

「作為の嘘」と「不作為の嘘」のシチュエーションの例(利己的状況で意図的悪事の場合)(神戸大学によるプレスリリースより)

作為の嘘(lie of commission)とは、たとえば、自分がやったのに「わたしではありません」と口に出して言うことです。一方、不作為の嘘は、英語で lie of omission に相当し、たとえば自分がやったのにもかかわらず、何も言わないようなことです。客観的に考えると、どちらも罪は同じはずですが、大人は作為による悪いことを、不作為による悪いことよりもネガティブに判断する(不作為の方が気にならない)傾向があります。これを「不作為バイアス(omission bias)」と呼びます。

そこで嘘においても、このバイアスの程度に、年齢によって差があるのかを調べました。その結果、下のグラフのように、大人だけでなく子どもも、作為の嘘を不作為の嘘より悪いと判断したことから、嘘においても不作為バイアスが見られました。さらに、年齢とともに両者の差が総じて開き、不作為バイアスは大きくなっています。嘘に対する道徳的判断は、幼い頃から長い時間をかけて変化していくことが示されました。

年齢によって異なる不作為のバイアスの度合い(神戸大学によるプレスリリースより)

── 大人の方が不作為バイアスが大きいのですね。

 はい、そこは重要なポイントです。本当は、真実を何も言わないのは嘘をつくのと同じくらい悪い場合もあるということを、大人が子どもに教えていかないといけないのに、大人自身がバイアスのせいで気づいていないこともあり得ます。大人が不作為バイアスの影響を知っておかないと、大事な場面で上手く指導できない可能性も出てくるかもしれませんよね。

理系の視点も活かしてコミュニケーションを科学する

── 先生はなぜ心理学を学ぼうと考えたのでしょうか?

 高校生のときは自分が将来何になりたいのかということや、どういう職業が向いているのかということがまったくわかりませんでした。それで、理系の進路に進んだ方が視野も広がるし、仕事も多いと周りから言われて、何となく理系の学部に進みました。

大学に入ってから本を読んで勉強していくうちに、自分が教育や人間の心に興味があることがわかって、教育学部に移りました。それまでは身近に子どもと接する環境がなく、特に子どもが好きというわけではなかったのですが、学部3年生の実習で幼稚園に行ったときに、印象深い出来事がありました。5歳の女の子がなかなか課題に協力してくれなかったので「この課題が終わったら遊んであげるね」と約束しました。ところが、課題が終わったあとに遊ぶ暇もなく、私はそのまま大学に帰ってしまいました。翌日、課題の続きを行うために幼稚園に行ったところ、昨日の女の子が私を見つけて「嘘つき!」と言ったのです。胸が痛かった出来事ですが、同時に、5歳で「嘘」がわかるのかと感動し、子どもの発達の面白さに気づきました。心理学は理系と文系が両方混じり合った学問なので、自分には合っているなと思っています。

オンラインインタビューで話す林氏。実験で使用する人形は、子どもの心にとけ込むようなものを選んでいる

── ほかの分野の方との共同研究に関心はありますか?

 もちろん、機会があればとは思っていますが、今のところはほかの分野の研究者というより、学校や幼稚園の先生など、教育の現場の方々にお世話になっています。特に最近は高校の先生と一緒に研究をすることが多くて、2019年には中等教育の探究学習の実践例を紹介しながら解説していく本『探究の力を育む課題研究』を、神戸大学附属中等教育学校と共同編集で刊行しました。

私は普段から子どもに接して指導しているわけではないので、見えていない部分もたくさんあります。そういった面は、学校の先生や養育者の方々から教わっています。逆に、研究の結果をフィードバックしたり、実験の現場に立ち会ってもらったりすることで、普段は見えない子どもたちの姿が見えたと言ってもらうこともあります。

子どもたちの反応には予期せぬものがたくさんあって、驚きを感じたり、その意外性や可愛らしさに感動したりします。今でも幼稚園や小学校などで調査をするときは、どんな反応が返ってくるかワクワクします。コミュニケーションや社会性の発達は、一見複雑そうですが、まったくつかみどころがないわけではなくて、今日お話ししてきたように嘘を手掛かりにするなどの工夫によって、人間や子どもたちの様子がわかってくるのが心理学の面白さだと思います。

── 先生の研究のお話にワクワクしました。人間の心って面白いですね。ありがとうございました。

*1. Hayashi H (2017) Children’s understanding of lies in elementary school years. J. Genet. Psychol. 178:229-237.

*2. Hayashi H (2017) Young children’s difficulty with deception in a conflict situation. Int. J. Behav. Dev. 41:175-184.

*3. Hayashi H, Mizuta N (2022) Omission bias in children’s and adults’ moral judgments of lies. J. Exp. Child Psychol. 215:105320. Epub 2021 Nov 22.

 

この一冊 『コミュニケーションの起源を探る』マイケル・トマセロ 著
2013年に邦訳が刊行された比較認知科学の名著。「子どもの研究とチンパンジーの研究をもとに、人間がどのようにして社会的な行動ができるようになったのかをさまざまなエビデンスを紹介しながら書いてある本です。とても面白くて、大量に付箋を貼りながら読みました。2016年に出版した『子どもの社会的な心の発達』を書くときも参考になりました」
 

この道を選んでなかったら? 空に関する仕事
林氏が初めて飛行機に乗ったのは、19歳のときだったそうです。「カナダに行ったのですが、飛行機の窓から見たカナディアンロッキーが本当に美しくて感動しました。それ以来、空に憧れています。パイロットやフライトアテンダント、あるいはもしも能力があれば、宇宙飛行士に関心を示していたかもしれませんね」

 

林 創(はやし・はじむ)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。京都大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)取得。日本学術振興会特別研究員、岡山大学大学院教育学研究科専任講師、同研究科准教授を経て、2013年に神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授に着任。2021年から現職。専門は発達心理学、教育心理学。研究活動の傍ら、スーパーサイエンスハイスクールのアドバイザーや『大学生のためのリサーチリテラシー入門』執筆など、教育の現場とも積極的に関わる。主な著書に『子どもの社会的な心の発達』(金子書房)。

取材日:2022年2月1日
取材・文:寒竹 泉美(チーム・パスカル)
 
*インタビューはオンラインにて実施しました
写真・図表はすべて林氏提供

 

「3S研究者探訪」  

#03 赤石大輔氏
共に学び、未来を創る ─芦生の森と美山の里をつなぐ新たな研究アプローチ─


#04 竹内勇一氏
身近な現象なのに謎が多い「利き」は最高の研究テーマ ─魚の捕食行動から利きの仕組みと役割の統合的理解をめざす─


#06 西田紘子氏
芸術と社会のつながりを可視化する「音楽学」の力 ─「音楽は一つの有機体である」と考えた哲学者の思想を探る─

 

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