InaRIS フェロー (2025-)

平岡 裕章 Yasuaki Hiraoka

京都大学 高等研究院教授※助成決定当時

2025InaRIS理工系

採択テーマ
数学からヒト生物学への挑戦
キーワード
研究概要
近年の生物学では網羅的実験によって膨大なデータが生成されているが、そこから生物学的原理を見出すことを可能にするデータ解析手法が不足している。種ごとの内在的データ構造および種間の相対関係を明らかにすることで生物学的知見を深めていくが、これは数学的にはデータが定める空間や写像の不変量を抽出することに対応する。本研究では「What makes us human?」という生物学的な問いに対して、種差表出原理を解明する数学的データ解析手法の開発に取り組む。

 


選考理由

平岡裕章氏は、数学と他分野をつなぐ融合研究、特に材料科学、生命科学のそれぞれとの融合研究で画期的な成果を挙げ、数学的にもトポロジカルデータ解析(TDA)の分野で新たな理論や方法論を開拓し、TDAの研究を牽引する世界的リーダーの1人として活躍している。

本申請で平岡氏は、生命科学の基本問題「What makes us human?」(種差表出原理)を実験生物科学者と共に多様な数学手法を用いて解決しようという挑戦的かつ壮大な課題に取り組もうとしている。生命科学においては、ヒトとマウスが多くの遺伝子が一致しているにも関わらず、動物実験の結果をそのままヒトへ適用する際に大きな困難を伴うことが多く、種差問題と呼ばれる。これは種差が遺伝子の集合として見た近さではなく、その空間構造やダイナミクスにおいて顕著に現れることによる。この点から種差問題はまさに数学が深く関与できる可能性のある問題となる。これまでこのような観点から種差問題に取り組んだ数学者は皆無であり、平岡氏は、この種差問題に初めて本格的に挑戦しようとする数学者であるといえよう。

平岡氏はこの種差問題に対して、TDA解析を含むトポロジー、表現論、超局所解析、確率論、最適輸送理論からデータ科学の最新手法まで極めて幅広い数学理論を援用して取り組む計画であり、既に最初のマイルストーンとも言える結果も出ている。純粋な数学理論に閉じることなく、現場の生命科学者と一つ屋根の下で研究を推進しようとする平岡氏の研究姿勢は極めて望ましく、この循環的相互作用は本来のサイエンスの姿であると言えよう。実際、生命科学の実験現場から得られるデータのノイズ削減から始まり、様々な数学を駆使して、生命科学者が納得する形の結果までを導出することを目指しており、その過程において、マルチパラメータ・パーシステントホモロジーの分解論をはじめ、数学に対する新たなフィードバックも多く、極めて双方向的である。

平岡氏がこの研究を進めることにより上述の生命科学の基本問題への貢献が期待され、またその効果は科学技術の各方面へ波及し、社会全体に及ぶと考えられる。数学の特徴である抽象性と普遍性により、一旦確立された数学理論は一つの分野に留まらず、多くの方面に適用される。平岡氏のTDAの研究についても、既に材料科学の分野では大きな成果を挙げており、今後さらに広がりを見せると期待されている。時代は演繹的手法から帰納的手法へと移りゆくように見えるが、平岡氏の研究計画はそれらをうまく融合させ、これからの研究スタイルの新しいロールモデルともなりうるものである。特に現場からフィードバックされる数学的課題は思いもかけぬ数学の発展を促す可能性がある。数学の深化、社会への貢献、人への投資という観点からInaRISのテーマに見事に合致した申請内容であり、今回の募集の狙いの一つである「自然や社会を捉えるための新たな数学的手法の創出」に大いにふさわしい計画である。




助成を受けて

InaRISフェローに選定していただけたことを心より感謝いたします。挑戦的テーマに10年かけてじっくり取り組める幸せとともに、はたして10年かけてどこまで明らかにできるのだろうかという不安も同時に感じています。数学者としてなすべきことを見失わずに、また支えてくださっている方々への感謝の気持ちとともに、地道に時を刻んでいく所存です。

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