鶴巻 靖子さん
稲盛財団は2020年6月、新型コロナウイルス感染症の拡大により影響を受けた実演芸術団体および関連企業の活動に対し、「稲盛財団文化芸術支援プログラム」による支援を実施しました。連載「文化芸術の灯」では、これから数回にわたって、支援した団体へのインタビュー記事をお届けします。
支援先団体の一つ、「人形劇団クラルテ」 は、創立から72年の間、こどもたちに生の舞台芸術に触れ豊かな感性を育んでほしいという願いのもと、大阪を拠点とし日本全国に人形劇を届けてきました。「本当は、こんなときこそ、わたしたちが人形劇を届けて心の底から笑ってほしい。こどもたちのため、どんなに苦しくても続けていかなくてはいけない」。代表の鶴巻靖子(つるまき・やすこ)さんはそう語ります。そんな思いの拠り所や今後の活動について伺いました。
── 人形劇団クラルテの創立は1948年、まだ戦後の混乱期だったかと思います。誰が、どのような想いで立ち上げられたのでしょうか?
鶴巻靖子さん(以下敬称略) よく聞いているのは、高校生が戦後の混乱期ですることがなくてエネルギーを持て余していたときに、周りにいる大人や大学生などに、「お前らそんなごろごろしているなら、ちょっと人形劇でもやってみい」と言われて、人形を作って近所のこどもを集めて人形劇を始めたという話です。一番初めはただ人形が出てきて、それこそ「こんにちは」とするだけだったそうなのですけど、それでもこどもたちが大喜びしたもので、すっかりはまってしまったようです。
それで続けているうちに、東京の人形劇団プークという、日本で一番初めに生まれたプロの現代人形劇団の方たちが公演するのを観に行って、自分たちもプロになってやろうと、すっかり感化されたと聞いています。
── 年間1000回近い公演をされていると聞きました。新型コロナウイルス感染症が拡大する前の通常時はどのような活動をされてきたのでしょうか?
鶴巻 まずはうちの主催公演、ホールで上演する一般公演ですね。そして小さいものは2人班で幼稚園や保育所、図書館や公民館にうかがいます。そのサイズで一般公演することもあります。それからもう少し大きくなりますと小学校公演。これはいわゆる演劇教室とか、芸術鑑賞教室とかいわれているもので、小学校の体育館を会場にして全校生徒に見てもらうものです。それから、「大人の公演」とわたしたちはよんでいるのですが、年1回、作品をつくって、高学年、中高生から大人の方に観ていただく公演も行っています。
── 劇団は40名ほどで運営されているということですが、制作の体制についてお聞かせください。
鶴巻 照明以外はほとんど劇団の中でやっています。作品をつくる過程でいえば、まず劇団内で企画を公募して、その企画と脚本を含めて、全員参加の会議で検討します。スタッフは、演出、人形美術、舞台美術、音楽、照明、舞台監督、制作、それから俳優(人形遣い)がいます。演出プラン*1 も美術プランも閉じたものではなくて、上演メンバーやスタッフ以外にも希望者は話し合いに参加して、そのプランに対して意見を言う。時間はかかりますが、直接民主主義のように、みんなで、全体でつくっていきます。
(2020年7月5日、なら100年会館で・人形劇団クラルテ提供)
── クラルテは、阪神淡路大震災・東日本大震災など災害時にボランティア公演を行われていますね。特に阪神大震災のときは、劇団自体も被災されたと思うのですが。
鶴巻 (阪神淡路大震災のときは)制作(企画・営業)で阪神地域を担当していた者がまったく自分の仕事がなくなってしまったんですね。それでどうしようとなったときに、収入は入ってこなくても、ボランティアという形で何かわたしたちが役に立てないかということで動きました。大きな災害だったので、すぐには無理だったのですが、少し経って、衣食住以外にも心の栄養がいるのではと思いました。
── 反応はいかがでしたか?
鶴巻 こどもたちが普段より少しハイになっている感じはありましたね。わたしたちも普通の精神状況ではなかったです。道も普通に走れる状況ではないですし、渋滞してますし、会場に行くまでがとても大変でした。悲惨な状況も見ながら行ったので、お客さんも今どういう状況でここに来ているのかな、なんて思いもあった気がしますね。おっかなびっくり、ドキドキしながらでしたが、こどもたちの気持ちが楽になるとか、笑えなかった人が笑えるようになるとか、そういうことに少しでも役立つことができたらいいな、という思いで行きました。
でも公演を重ねるうちに、やはり必要なことなのだと気付かされました。それまではわたしたちの仕事というのは、いわゆる衣食住の後に位置づけられるものなのかなと自虐的にも思っていたのですが、そんなことはないのだと。衣食住と同じくらいに生きていくうえで必要なものなのだ、身体の栄養と同じくらい心の栄養は必要なものなのだと、逆に大きな自信というか責任を、震災で認識した気がします。
── 新型コロナウイルスの感染拡大でどんな影響がありましたか?
鶴巻 もうほとんど公演が無くなりました。2月末くらいから、ぼちぼちとキャンセルや延期の連絡が入り、でも年度末ですから、延期というのも難しくて結局中止になる感じでした。まだ緊急事態宣言が出される前は、どうしようといいながらも、消毒など気を使いながら活動していましたが、どんどん公演が無くなる一方でした。自主公演なども、何とか気をつけてやろうかと思っていたところに、会場の職員の方から会場が使えないということが伝えられて、急遽中止になりました。
── 自粛期間中は、練習や舞台稽古などはどうされていたのでしょうか?
鶴巻 本来、4月から自主公演の稽古に入るつもりだったのですが、電車に乗るのもリスクが高いということもあって、2カ月近くお休みしました。必要最低限、電話を受けたりする2、3人以外は、自宅待機していました。
── どんな思いで過ごされていましたか?
鶴巻 普段でも月に2回ほど、劇団内での情報紙を出しているのですけれども、自粛期間中はLINEやメールでみんなの緊急報告をし合うことにしました。活動班ごとに、一言でいいからこんなことやっている、こんなふうに過ごしているというのを、みんなに報告し合おうということで回していました。やはり気持ちをある程度劇団に向けておいてもらう必要があるかな、と思いましたね。
── そんな中、YouTubeでこども向けの動画を発信する「とらねこチャンネル」を始められていますね。その経緯や思いなどについてお聞かせください。
鶴巻 普段からこどもたちの近くにいますから、こんな状況でこどもたちはどう過ごしているのかというのがとても心配でした。本当はこんなときこそ、わたしたちが人形劇を届けて、心の底から笑ってほしいのに、それができないことにすごくジレンマを抱えていました。それまで動画っていうのはちょっと苦手というか、あまり考えていませんでした。スキルも持っていないですし、初めはお芝居をそのまま流すというのは抵抗があったんですね。こどもたちを、1時間もテレビやYouTubeの前に座らせるのは、と思って。でも、今わたしたちができるとしたら、動画で配信という形を使うことでしかこどもたちに向けてメッセージを伝えるのは難しいとなったときに、芝居じゃなくて、たとえば遊び方を紹介したり、身体を動かすことをやったり、メッセージを届ける方法として始めましたね。
鶴巻 始めてみたら、思いのほか反響がありまして、それにまた背中を押されました。海外も含めて、全国に同時に流れるということで、公演に行って旅先で仲良くしている方や、反対にクラルテを全然知らなかった方からも「何これ、面白い」というような反響があって、びっくりするような影響力があることに驚かされましたし、励まされました。今は、動画は動画としての力や利点もあると、わたしたちも学ばせていただいて、コロナ以降も一つの方向として考えていけるかなと思っています。
── 劇団の存続のため4月から寄付を募られていますが、これまでにどんな支援が集まったのでしょうか?
鶴巻 一番の発端はわたしたちからではなくて、いつも応援してくださる方が「わたしたちが仲間を募って応援団を作って寄付を集めてあげようか」と言ってくださったのです。でもそこまでしていただくのは申し訳ないので、その方々には「応援団」としてお力添えをいただき、寄付を集めることは自分たちでやろうということで始めました。
これは一般の演劇をしている大人向けの劇団との大きな違いかなといつも思うのですが、わたしたちはこどもたちに向けて上演することが多いじゃないですか。もちろん好きでやりたくてやっていることではあるのですが、やはり社会的にも使命を負っている部分というか、責任を負っている部分は大きいと思うのですね。わたしたちが苦しくなったからといって、おいそれとやめてしまうわけにはいかない。そういうものを必要としているこどもたちはたくさんいるわけだから、その人たちのためにどんなに苦しくても続けていかなくてはいけないと思っています。そのために、いつも応援してくださる方に、少しでいいので助けてくださいということで、呼びかけましたところ、本当にもうあっという間にたくさんの方から支援をいただきました。
それまでも自分たちだけでやってこれたとは思っていなかったつもりですけれども、色々な方と繋がって支えられて今までも来たし、これからもそうやってわたしたちは生きていくんだなというのを、再認識したというか、心から感じました。横の繋がりも感じましたけど、縦の繋がりとして、クラルテを10年前に観たとか、こどもが小さいころよく連れて行っていたとか、そういう方からも応援していただきました。今だけじゃなくて、今までも色々な方と繋がってきてるのだと、縦横の繋がりの上にわたしたちは活動しているんだなと、嬉しかったですね。
そのことを劇団員みんなが感じたことで、それぞれが思いを新たにしたので、劇団内の結束も今までよりなんとなく強くなったかなと思います。大変な状況だけれども、今ここで頑張っていこうと、皆がもう一度思ったのではないかなと思います。
── 自粛後、7月の公演再開はどんなお気持ちで臨まれましたか?
鶴巻 やる前は、お客さんが来てくださるかどうか、おそるおそるではあったのですが。とにかく考えられるだけのことは対策して気をつけて臨みました。でも思いのほか、待っていてくださった方たちがいました。客席も間隔を空けてという形なんですけれども、それでも客席が一つになってあたたかい拍手をしていただいて、胸がいっぱいになりました。役者の方も、最後の挨拶で詰まったりしていたみたいです。わたしは再開して2回目か3回目の公演を観に行ったのですが、こどもたちが座席でぴょんぴょん飛び跳ねているんですよね。あれを見たときに胸がいっぱいになりました。
(2020年9月5日、京都府立文化芸術会館で・人形劇団クラルテ提供)
── 『11ぴきのねことぶた』*2 の公演会場には、ねこの消毒液や席を空けるためのねこのカードなど、コロナ対策にもこどものための工夫が凝らされていますね。
鶴巻 劇団内で話し合って、制作班からも公演班からもアイディアを出して考えました。今、ダメダメダメって事ばかりじゃないですか。あれはしないでください、これもしないでくださいって。でもそれではせっかく楽しみに来たのに気持ちがしゅんと沈んじゃうよね、そのことも楽しく思えるようにしたいよね、という思いがありました。大人は状況も把握していらっしゃるし、我慢しなくてはいけないことを理解していただけると思うのですけれど、こどもたちにぜんぶ我慢してというのは、胸が痛いと思って、そうでない形にしたいなと。
大人の方も、今みなさんストレスを抱えていらっしゃると思いますので、ほっとできる時間が必要なのだと思います。わたしたちが少しでもお力になれたらいいなと思います。
── 今後の公演や活動の予定は決まっていますか?
鶴巻 秋、冬に『11ぴきのねことぶた』の一般公演や貸切公演があります。それから、創立70周年のときに全員参加でつくった『はてしない物語』の公演が何カ所かであります。また、今年は 大人向けの公演として『銀河鉄道の夜』を観ていただいたのですが、来年は、森見登美彦さんの『有頂天家族』の、以前に公演したものの続編を舞台化するという大きな仕事があります。
野外での公演は時々していましたが、ちょっと苦手であまり積極的には取り組んできませんでした。でも幼稚園や保育所で狭いところにこどもたちを集めるのはどうかと躊躇されているときに、園庭で実施することも提案できるようにしていきたいと考えています。人形劇の舞台ではお部屋にある物を隠すために後ろに大きな幕を張るのですが、幕なので風に弱くて野外ではちょっとの風でも揺らいで倒れそうになってしまいます。雨というよりも風に弱いんです。そこを対策したい。まだ野外用の作品をつくることまではできていないのですが、幕ではなく、風が通りやすいように格子にしてはどうかということで、今ちょうど後ろに飾っているこの青い格子がその一部です。これを使えば野外での公演もできる可能性が広がっていくのではないかと考えています。
── 最後に、こどもを取り巻く環境がコロナに影響を受けている今、こどもたちに伝えたいメッセージがありましたら、お聞かせください。
鶴巻 大人の目には見えないところで、頑張っていたり、傷ついていたり、大きなストレスを抱えていたりするこどもたちがたくさんいると思います。頑張らなきゃいけないときなのかもしれないけれど、頑張り過ぎなくていいよと言いたいです。まわりにいる人に頼れるところは頼ったり、甘えたりして、少しでも肩に入っている力がふっと抜ける、そういう時間がつくれるといいなと。わたしたちも、そういう時間を、こどもたちに届けられたらいいなと思っています。お腹の底から笑うとか、お友達と肩を叩きながら笑うということが、今は難しいかもしれないけれど、離れていても心が繋がっている人はたくさんいるので、またみんなで団子になって揉み合って遊んだり笑ったりしゃべったりできる日がきっと来るので、それを信じましょう。それまでちょっとの間の辛抱です。離れていても心はつながる、わたしたちもそれを信じて頑張ります。
── ありがとうございました。
*1. プラン 企画・脚本を具体的に舞台に表現していく構想・案
*2.『11ぴきのねことぶた』 馬場のぼる著作の絵本シリーズ「11ぴきのねこ」の3作目。シリーズでは、とらねこたいしょう率いる、少しずるくて、エネルギッシュ、そして楽しむことに貪欲な11匹のねこたちの愉快な冒険が描かれている