タンパク質を生体環境外で機能させることができる精密・高機能マトリックス剤の開発はこの問題を解決する一つの解となる。しかし、対象となるタンパク質「単分子」の包接に必要最小限の(すなわち、二分子は包接し得ない)空隙サイズを、分子直径に応じてオーダーメイド的に作り分ける必要がある。
藤田氏は分子の自己集合系に対し、数学的視点(グラフ理論)を導入した新たな自己集合の設計指針を提唱した。提唱した理論は、過去に報告された自己集合生成物の構造を統一的に説明するだけに留まらず、新規の自己集合構造の設計にも適用でき、それ以前は直径が3–5 nm の大きさが限界とされていたケージの大きさを10 nm近くにまで拡大できることを実証した。このサイズの分子ケージの利点は、一般的なタンパク質分子を包接可能となることにある。今回、藤田氏は自らが開発した巨大カプセル型分子をケージとして用いて、タンパク質分子を保護し、その機能をデバイスなどに利用することを提案している。なお、本提案の源流は、師でもある藤田誠博士が発案したタンパク質分子の構造解析に応用する「結晶スポンジ法」にあるが、分子を抱接した状態でのケージの柔軟性に着目して、ゲスト分子であるタンパク質分子の物性機能を生体環境の外で利用する点において斬新といえる。
藤田大士氏は、巨大分子集合体の世界記録を作るプロジェクトに挑んだ際に、「大きな分子カプセルができたら、どんな世界が拓けるだろう?」と夢を抱いた。「単なる夢物語」に過ぎなかった目標が、「タンパク質を丸ごと包接可能な巨大精密分子カプセル」を作る手立てを見出した今、現実的な科学研究の目標となったと語る。この夢が新たな化学分野の創成としての道筋となり得る。
藤田氏は錯体化学研究に関する新時代の旗手であり、InaRISフェローシップの支援により、同氏が、今後10年の研究期間の中で、これまでにも増して次々と斬新な発想に基づいた精緻な研究を展開し、「物質・材料」研究の最前線を切り拓くことを期待する。
理工系領域