InaRIS フェロー (2024-)

星野 歩子 Ayuko Hoshino

東京大学先端科学技術研究センター教授※助成決定当時

2024InaRIS生物・生命系

採択テーマ
エクソソームが切り拓く疾患生物学
キーワード
研究概要
エクソソームは、すべての細胞から産生されるウイルスほどの微小な小胞であり、タンパク質、脂質、核酸など、元の細胞由来の物質を含んでいる。これまでは細胞内の不要物を処理するメカニズムとして考えられてきたが、近年、産生細胞から別の細胞への取り込みが明らかになり、新たな細胞間コミュニケーションツールとして注目されている。本研究では、体内に拡散する小胞であるエクソソームによる細胞間の相互作用メカニズムが、遠隔に位置する組織を結びつけ、様々な疾患の発症や病態に関与する可能性があり、これについて生理学的な新たな概念を開拓していくことを目指している。

  


選考理由

エクソソームとはあらゆる細胞から分泌される直径30-150nmの顆粒状物質であり、その表面には細胞膜由来の脂質やタンパク質、内部にはRNA、DNAなどの核酸やタンパク質を含んでいる。分泌元の細胞内物質が含まれ、かつ血液や髄液、尿中にも存在することから、エクソソームは細胞の代謝産物と捉えることができ、リキッドバイオプシーによってがんの有無やがん種を同定するためのバイオマーカーとして注目されている。しかし近年はエクソソームを単なる細胞の代謝産物としてではなく、細胞間の情報伝達ツールとして理解しようとする流れもある。


星野氏はコーネル大学留学中に「がんは転移前に転移先が決まっており、転移先となる臓器は事前に耕されている」という前転移ニッチの概念に出合い、その研究を進める中で、マウスに肺転移性がん細胞由来のエクソソームを事前に静脈投与し、その後骨転移性のがん細胞を静脈投与するとその細胞自体には肺転移能がないにもかかわらず肺への転移が増加することを明らかにして、転移先の決定にがん細胞が産生するエクソソームが関与していることを示した。


星野氏はエクソソームの細胞間情報伝達ツールとしての可能性を示したパイオニアであり、このコンセプトは先駆的かつ独創的である。星野氏はさらにこのコンセプトをがん転移機転だけではなく精神神経疾患、母胎間臓器連関、老化にまで拡張しようとしている。すでに脳疾患関連エクソソームは血液脳関門を通過することを見出しており、今後は自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)、統合失調症、アルツハイマー病患者のエクソソームを解析し、診断マーカーを開発するのみならず脳と遠隔臓器との連関を調べることにより新たな病態解明に挑む。また母胎連関に関しては、ASD児母由来エクソソームを妊娠マウスに投与するとその仔が自閉症様行動を示すことを発見している。このように、母親のエクソソームが胎児に与える影響、逆に胎児や胎盤のエクソソームが母親に与える影響(妊娠高血圧症など)を明らかにする。老化に関してもすでに200例を超える健常人血漿エクソソームを採取しており、その詳細な解析によって老化現象におけるエクソソームの役割を解明する。これらの研究は、臨床医や工学系・物理化学系研究者、機械学習の専門家らとのコンバージェンスによって行われ、将来的にはエクソソームを用いた革新的医療の創出を目指す。


星野氏は東京理科大学理学部で応用化学を学び、東京大学で先端生命科学を専攻して学位を取得。コーネル大学医学部で9年間エクソソーム研究に携わった後に、東京工業大学准教授を経て2023年に東京大学先端科学技術研究センター教授として独立した新進気鋭の研究者である。遠隔臓器の細胞間情報伝達ツールとしてはホルモンがよく知られているが、なぜ生物はエクソソームというシステムを持つに至ったのか、連関の特異性はどういう機序によるものか、エクソソームに関する興味は尽きない。星野氏が10年間という時間を使って大きな絵を描いてくれることを期待する。



助成を受けて

研究者キャリアの中で、40代はいかに研究に没頭できる環境を作れるかを課題としていましたので、10年間のサポートはまさに願ってもないチャンスだと思いました。エクソソームを介した新たな生理学を切り拓くだけでなく、このサポートを活かして、将来の研究者を育てることにも力を注ぎ、次の10年間だけでなく、この研究を継続し新たな発展を遂げられるような次世代の研究者の育成にも尽力します。

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