InaRIS フェロー (2021-2030)

西増 弘志 Hiroshi Nishimasu

東京大学 先端科学技術研究センター教授※助成決定当時

2021InaRIS生物・生命系

採択テーマ
新規RNA依存性酵素の探索
キーワード
研究概要
原核生物のもつCRISPR-Cas獲得免疫機構に関与するRNA依存性DNA切断酵素Cas9は詳細に研究されており、ゲノム編集をはじめとする革新的技術に応用されている。自然界にはCas9の他にも極めて多様なCas酵素が存在しているが、その多くの機能は謎に包まれている。本研究では、未解明のCas酵素群の探索および構造機能解析を推進し、多様なCas酵素の作動機構を解明する。さらには、生命科学を一変させるような革新的技術の創出につなげる。

 


選考理由

CRISPR-Casは、細菌の獲得免疫を担う「したたかな」システムである。細菌がウイルス感染にさらされると、ウイルスの配列の一部が、細菌ゲノム中のCRISPR領域に取り込まれ、同じウイルスが再侵入した際、CRISPR上に記憶されたウイルスの配列を用いて、Cas酵素が侵入者のゲノムを切断するというものである。Cas酵素の一つであるCas9はRNA依存性DNA切断酵素であり、任意のRNA配列を鋳型(ガイドRNA)として用いて標的DNA配列をピンポイントで切断する。このCRISPR-Cas9を用いた「ゲノム編集」は、「生命の設計図」であるゲノム情報を自在に改変できる画期的技術として、分子生物学的な基礎研究から、創薬、遺伝子治療、農作物の品種改良など幅広い利用が進んでいる。去年のノーベル化学賞受賞テーマであることも記憶に新しい。
 
西増氏は、これまで、構造生物学の視点でCRISPR-Casシステムの構造・作用の理解と応用へ顕著な成果を挙げてきた。例えば、ゲノム編集に汎用されている化膿レンサ球菌Cas9‐ガイドRNA‐標的DNA複合体の結晶構造を世界に先駆けて決定した。さらには、その構造をベースにCas9の立体構造を改変し、ゲノム編集技術の適用範囲を従来の4倍に拡張した。また、一分子観測の専門家との共同研究から、Cas9がDNAを切断する過程の動画撮影にも成功している。
 
しかしながら、Cas酵素は多様であり、Cas9以外にも多くの異なるタイプが存在する。だが多くのCas酵素の機能はよく解っていない。西増氏は、ごく最近、クライオ電子顕微鏡を用いて、知られる限り最も小さなCas酵素であるCas12fのガイドRNA-標的DNA複合体の構造を決定し、その全く新たな動作原理を明らかにしている。
 
西増氏の研究提案は、本人の強みであるタンパク質‐RNA複合体の構造解析と酵素学的アプローチによって、これら機能不明なCas酵素群の動作原理の解明に取り組むものである。さらには、海洋メタゲノミクスの専門家とタッグを組むことにより、深海など極限状態にて「しなやかに」かつ「したたかに」生育する微生物から、全く新しいタイプのCas酵素を探索し、その構造と機能の解明を目指す。たとえば、好熱性細菌由来のTaqポリメラーゼが、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の汎用化と医学生物学の研究や診断にイノベーションをもたらしたように、高温・高圧など極限環境に適応・生育する微生物は、新たな酵素探索のフロンティアである。
 
西増氏は、2020年夏に独立したての新進気鋭の構造生物学者である。そのため、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中で、大胆で自在な発想の下、Cas酵素研究の進展とゲノム編集ツールの発展が期待される。さらには、Cas酵素にとどまらない、全く未知な有用タンパク質‐RNA複合体酵素の発見につながり、その構造と動作の仕組みの解明を通じて生物学の新たな発展に貢献していくことが期待される。


助成を受けて

昨年、研究室を立ち上げたのですが、研究よりも資金繰りに頭を悩ませる日々が続いておりました。この度InaRISに10年という長期間にわたり支援していただけることになり、感謝(と少しの安堵)の気持ちでいっぱいです。わたしの研究者人生も折返し地点となりました。残りの研究者人生、好奇心の赴くままにタンパク質や核酸のはたらく仕組みを研究していきたいと考えております。

フェロー紹介動画




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