InaRIS フェロー (2020-2029)

野口 篤史 Atsushi Noguchi

東京大学 大学院総合文化研究科准教授※助成決定当時

2020InaRIS理工系

採択テーマ
誤り耐性量子計算のための超高精度量子制御
キーワード
研究概要
量子状態は壊れやすいため、私たちが普段目にするような大きな物体は量子力学には従わない。この破壊を防ぐ方法のひとつに「量子誤り訂正」がある。これにより、超伝導量子回路のようなマクロな系の状態も量子として扱えるようになる。本研究では、超高精度な量子制御技術によって量子誤り訂正を実現し、無限の寿命をもつ人工的な量子系を作り、その大規模化による誤り耐性量子計算の実現を目指す。

 


選考理由

20世紀の初頭に誕生した量子力学は過去100年のあいだに著しい発展を遂げ、科学の広汎な分野にわたり、我々の世界に対する認識に大きな影響を与えてきた。素粒子から宇宙全体までのあらゆるスケールで量子力学の予言が検証され、物理学の基礎理論としての存在を確固たるものにしている。同時に量子力学は、集積電子回路技術や光通信技術をはじめとする、現代情報社会の根幹をなす技術の礎となり、日常的に意識されることは少ないながらも、すでに我々の生活に欠かせないものとなっている。
 
その一方で、状態重ね合わせなどの量子力学の基本原理を情報処理の研究開発へ応用する量子情報科学の考え方が議論されるようになったのは比較的新しく、今世紀初めから世界中で研究が加速されてきた。すでに小規模の量子計算ユニットの動作が試験され、最近では既存のスーパーコンピュータを凌ぐ量子超越性の実証が話題となっている。しかしながら量子コンピュータの本来の性能を引き出すためには、より高精度の量子制御を用いてエラーに強いアーキテクチャを実装する誤り耐性量子計算の実現が不可欠と考えられている。
 
野口氏の研究提案はこの課題に正面から取り組むものとなっている。いかに量子の自由度の制御を高精度に行うかという問題を追求し、より多くの自由度を持つ系における高度な量子制御の実現を目指して、量子計算・量子センシングに代表される量子情報技術の未来を切り拓こうとする野心的なものである。多自由度系の高精度量子制御をもって初めて可能となる誤り耐性量子計算の実現は、量子情報科学の大きなマイルストーンとなる重要な目標であると同時に、量子力学に支配される世界における人類の科学技術の到達点のひとつとなる。
 
野口氏はこれまでに、レーザー冷却され真空中にトラップされたイオンのような原子スケールの量子系から、超伝導回路の上で実現する量子ビット素子や半導体ナノメカニカル素子の機械的振動などのミリメートルスケールの量子系に至るまで、多様な物理系の実験に取り組み、次々と独創的な成果を挙げてきた。ラジオ波・マイクロ波から赤外光・可視光まで、幅広い周波数・エネルギースケールにわたる様々な量子制御技術を縦横無尽に駆使する、世界的に見ても稀有な若手研究者である。今回の提案においても、野口氏は超伝導回路を利用した新たな量子制御技術の実現を目指すだけでなく、真空中に電場でトラップされた電子などの新たな量子系を構築し、その上で高精度な量子状態制御手法を確立することを計画している。
 
野口氏は量子計算のための量子制御技術研究に関する有望なリーダーであり、InaRISフェローシップの支援により、今後10年という研究期間の中でこれまでにも増して次々と、斬新な発想に基づいた精緻な研究が展開されることが期待される。


助成を受けて

InaRIS は長期にわたって支援をいただけるので、息の長い研究ができるということもありますが、非常に長く研究員を雇うことができるので、人材育成という点においても意義があると思います。また、今後集まるInaRISフェローと一緒に共同研究や議論をして、新しい分野を作っていくことにも挑戦したいと思います。

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