崎田 嘉寛 Yoshihiro Sakita

北海道大学 大学院教育学研究院准教授※助成決定当時

2021稲盛研究助成人文・社会系

採択テーマ
映像資料を用いた走・跳動作の分析からみる日本スポーツ史の再考
キーワード
研究概要
本研究は、日本人がスポーツを通じて「走る」や「跳ぶ」といった基本的な動作をどのように改善あるいは向上させてきたのかを明らかにすることを目的としています。具体的には、戦前期における日本人オリンピアンの歴史映像資料の分析を通じてパフォーマンスを定量的に把握し、この分析で得られたエビデンスと文献資料による歴史的考察や身体論の成果とを接続させます。得られた知見に基づいて、研究目的を達成するとともに、日本におけるスポーツ文化の歴史像を再構成することを試みます。

ひとこと

スポーツ史研究に新たな領域を切り拓き、人文学研究のモデルの一つとなるよう取り組んでいきたいと思います。

研究成果の概要

 戦前期のオリンピック競技大会において、日本人オリンピアンは陸上競技種目で合計13のメダルを獲得している。これらのメダルが獲得された経緯は、回想録や見聞録、新聞に基づく研究によって深められてきた。しかし、実際にどのような動き(パフォーマンス)であったのか、その動きの特徴はどのようなものであったのかは検証されていない。この理由は、スポーツを対象とした歴史研究において、選手の動きを映像資料に基づいて分析する方法が確立されてこなかったためである。

 そこで、本研究は、戦前期のオリンピック競技大会における陸上競技種目で、日本人オリンピアンがどのように走り、どのように跳んで、メダルを獲得したのかを明らかにすることを目的とした。対象は、1928年アムステルダム大会における女子・800m走で銀メダルを獲得した人見絹枝の走動作、1932年ロサンゼルス大会における男子・三段跳で金メダルを獲得した南部忠平の跳躍動作である。方法は、次の通りである。①対象とした映像資料を発掘し、その映像に映し出された内容を考証する。②映し出された動作をバイオメカニクス研究の手法を用いて分析し、文献資料を加えて考察する。

 本研究の結果を、以下に示す。①日本国内のフィルムライブラリーおよび個人所有の映像、テレビ、インターネット上での動画配信サイトを調査し、人見絹枝の1928年アムステルダム大会における女子・800m走の映像資料を11件、南部忠平の1932年ロサンゼルス大会における男子・三段跳の映像資料を6件発掘した。

 続いて、人見絹枝の映像内容を考証した結果、女子800m走決勝の映像は、2台のカメラで撮影され、4つのカメラの位置と6つの画角からの映像であることが把握できた。また、南部忠平の映像内容を考証した結果、男子・三段跳の映像は、4箇所から撮影され、南部の5つの跳躍が確認できた。ただし、南部が金メダルを獲得した映像が判然としなかったため、文献資料と照合し、世界新記録を樹立して金メダルを獲得した蓋然性が高い跳躍映像を特定した。

 ②人見絹枝の走動作(肘・膝の高さ)と走速度を、映像上の動作が分析可能なソフトウェアであるDartfish Pro Sを使用して分析した。また、同レース1位となったリナ・ラトケ(Lina Radke:1903-1983)と比較した。この結果、1周目と比較して2周目では、ラトケが腕と脚の動きを低下させているのに対して、人見は腕と脚の動きを向上させていることが明らかになった。人見の走動作は、大きな腕振りに連動して脚部の動作が大きくなり、地面からの力を受けやすかったと特徴づけられた。走速度については、Dartfish Pro Sによる分析結果に基づけば、ラトケは2周目で走速度を18%落としている一方で、人見は2周目に走速度を3%上げている。これは、走動作の分析結果で示した大きな腕振りの関与によって、ホームストレートでの推進力が1周目より増加したことが要因であると推察された。ただし、両分析ともに、映像とソフトウェアの限界上、走動作については全体の88%、走速度については全体の69%を分析することができていない。しかし、本分析を通じて、アムステルダム大会における女子・800m走決勝のレース展開を再構成することができた。

 南部忠平の跳躍距離、腰の高さ、速度をDartfish Pro Sを使用して測定・分析を試みた。この結果、跳躍距離は、撮影されたカメラの画角により誤差があると考えられるが、ホップ(4.02m)、ステップ(5.03 m)、ジャンプ(6.67 m)であると推定された。腰の高さについては、助走時から着地までの腰の高さの推移を通時的に測定し、当時の新聞報道での南部のコメントを踏まえて考察した結果、世界新記録を樹立した際の南部の助走は、助走距離を短くしたことにより、安定したものになったと推察された。また、助走時から着地までの足部の水平方向の推移を通時的に測定し、踏切り時に最高速度になっていることを確認し、最後のジャンプで速度が再び上がっていることが判明した。以上のことから、南部が世界新記録を樹立した際の三段跳の跳躍に関する動作として、助走距離を短くしたことによって上体を安定させた助走から、踏切り時に力のロスが少ない効率の良い踏切りにつなげ、最後の空中動作で距離を伸ばした跳躍であったことが明らかとなった。


 


崎田嘉寛、近藤雄大「第10回オリンピック競技大会における南部忠平による三段跳の動きに関する事例研究 : 動的映像資料の動作分析を手掛かりとして」『北海道体育学研究』第57巻、pp.31-38、2022。


近藤雄大、崎田嘉寛、木村華織「第9回オリンピック競技大会における陸上競技女子800m走の動的映像資料を活用した検証」『スポーツ史研究』第37号、2024、印刷中。


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