InaRIS フェロー (2023-)

田中 由浩 Yoshihiro Tanaka

名古屋工業大学大学院工学研究科教授・学長特別補佐※助成決定当時

2023InaRIS理工系

採択テーマ
内的特性に基づく触知覚の原理解明と情報化
キーワード
研究概要
触覚は、身体と外界との力学的相互作用の認識であり、対象だけでなく自身の皮膚特性、運動制御、認知処理にも依存する。本研究では、これらの相互関係を基に触覚の個人差を追求して触知覚の原理を明らかにし、主観的な触覚を情報化することを目的とする。触覚は、質感だけでなく、運動、身体認識、情動にも関与し、身体が関わるあらゆる場面に作用する。個々人の内なる多様な感覚世界の共有と活用を可能にし、技や感性が豊かに創造される社会を目指す。


選考理由

19世紀半ばから20世紀半ばにかけて発明され実用化された電気通信と電子計算機は、現在、高度に統合されたグローバルな計算機ネットワークを構成し、人間の知的活動および身体活動を支援する情報基盤システムとして社会・経済活動に不可欠な存在となっている。それを支えたのは、計算機間をつなぐ有線・無線通信のデジタル化とさまざまな計算機の構成要素の未曾有の高機能・高性能化と、学術基盤としての「情報学」の深化・発展の相乗効果である。同時に、人間の五感を通じて情報システムとのさまざまな情報を交換する技術の発展も大きく寄与している。「情報技術」の革新や製品開発は、他の分野において類を見ないほど急速に進展してきており、今後さらに10年以上先を見越した分野を切り拓くことが望まれている。


情報システムにおいて、人間や実世界とシステムの接点である入出力インタフェース技術は、計算・記憶・通信と並んで重要な構成要素である。AIの発展によって、実世界での現象を多元的にセンシングして捉え、計算、分析、判断の結果を出力したり、ロボットや自律システムを制御して実世界に高度に反映させたりすることが可能となっている。特に聴覚と視覚の理解と関連技術の発展により、人や機械間の高速・高品質な遠隔コミュニケーションと気軽なインタラクションが可能となっている。次の五感のフロンティアは触覚と言われ数々の技術の開発が試みられているが、触覚の理論の解明は端緒についたところで、社会基盤となるような革新的なデバイスがないのが実情である。


田中氏の研究提案は、触知覚を情報学的に理解し、個々人の触覚を情報化することを目指している。触覚を、身体と外界との力学的相互作用の認識と捉え、対象に触れる皮膚の力学特性、触覚と運動の相互制御特性、情報フィルタリングを行う認知的特性などの内的特性の理解からアプローチし、現象的に触覚を捉えて変調・計測・提示・共有する技術を確立しようという野心的な構想である。触知覚の基盤となる理論の開拓と技術開発により、情報システムがマルチモーダルなインタラクションを獲得し、情報通信とAIに革新をもたらすことが期待される。田中氏はこれまでに、個人の触覚を数値化、活用する研究開発に取り組み、感度、運動、材質感、心地よさに関して、皮膚特性、運動特性、認知特性を明らかにするなど、独創的なアプローチで研究成果を挙げてきている。同氏は、今回の提案でこれらの断片的な研究を統合的に明らかにすることを目指しており、触知覚原理を解明する手がかりに着手している数少ない研究者である。


田中氏は新時代の触知覚研究を牽引する気鋭の研究者である。InaRISフェローシップの支援により、同氏の今後10年の研究期間を通して触知覚による主観的情報の流通や⾮⾔語による他者理解が進み、より身体性と密に接続した情報学、すなわち「水平線の彼方の情報学」ともいうべき分野が開拓されることを期待する。触知覚の活用により多様性の尊重と他者との共創が促され、感性や技が豊かに創造・伝承される社会の構築に貢献することが望まれる。




助成を受けて

じっくりと触覚に向き合うチャンスをいただけた感謝と責任を感じています。本研究を通して、人々の多様性、自己や創造性の本質に踏み込みたいと考えています。10年後に自分がどのような景色を見ているか、期待と不安が交錯していますが、分野を超えた交流や共同研究を通じた共創に努めながら、自身の興味に邁進したいと思います。

フェロー紹介動画


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