InaRIS フェロー (2025-)

戸田 幸伸 Yukinobu Toda

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構教授※助成決定当時

2025InaRIS理工系

採択テーマ
圏論的Donaldson-Thomas 理論を通じた新たな研究領域の開拓
キーワード
研究概要
Donaldson-Thomas 不変量とは複素 3 次元カラビヤウ多様体上の球面やドーナツ型の曲面などの幾何的対象を仮想的に数え上げる整数であり、数学・理論物理双方にとって重要な研究対象である。一方、「圏」とは数学的対象物たちの織り成す一種のコミュニティーとみなせる、抽象的な数学概念である。これまでの研究では圏を用いて不変量のさまざまな性質の解明や予想の証明を与えてきた。本研究では、不変量そのものを復元する圏を構成し、非可換空間とみなして詳細に調べることにより、さまざまな数学分野を繋ぐ新たな研究領域を開拓していく。

 


選考理由

代数幾何学は、多項式系の零点集合として定義される幾何学的図形を貼り合わせてできる代数多様体と呼ばれる図形を研究する数学の分野である。例えば、放物線、双曲線、楕円は1次元の代数多様体である代数曲線の例である。代数幾何学は理論的研究が活発に行われている分野であるが、一方で符号・暗号理論といった応用数学や理論物理学の研究にも現れる。代数多様体内の代数曲線の本数を研究する分野は数え上げ幾何学と呼ばれ、代数幾何学において古くから研究されているが、複素3次元カラビヤウ多様体と呼ばれる代数多様体内の代数曲線の本数を表す整数値不変量であるDonaldson-Thomas(DT)不変量は、数学のみならず理論物理学の超弦理論とも関連しているため広く注目され、その研究が進展してきている。

一方、圏論とは、数学的対象とそれらの間の関係を抽象的に扱う数学の理論であり、物事を抽象化させて考えることによってより深い理解に到達するという数学の特性を表すものであると言える。戸田氏はDT不変量の研究の第一人者であり、代数多様体の連接層の導来圏と呼ばれる圏を用いるという独創的なアイデアによりDT不変量の研究に取り組み、DT/PT対応、Bayer-Macri-Toda不等式、Maulik-Toda理論をはじめとするさまざまな定理、公式を証明し、また提唱してきた。

数学における数の間の等式をより深く理解するためには、その等式が成り立つ理由を理論的に解明する必要があり、そのためには数の間の等式を代数的対象の間の同型、さらには圏の間の同値へと昇華させることが重要である。整数値不変量であるDT不変量の場合は、それを生み出す代数的対象であるコホモロジー的DT不変量が既に定義されている。戸田氏の研究提案は、コホモロジー的DT不変量を圏論化させる「DT圏」という圏を構成して、これまでに得られてきた公式などを深化させて圏の言葉で定式化し証明することを目標としている。さらに、DT圏などの圏と双有理幾何学、McKay対応、幾何学的表現論、シンプレクティック幾何学、幾何的ラングランズ対応、ミラー対称性などとの関連を研究し、新たな圏論的幾何学とも言える研究領域を創出することを目標としている。局所代数曲面と呼ばれる特別な3次元カラビヤウ多様体に対しては既に戸田氏自身により研究が進んでいる。壮大、魅力的でありかつ実現が充分に期待できる研究提案である。

戸田氏はDT不変量の研究において、独創的な発想でこれまでも世界をリードしてきた。InaRISフェローシップによる10年間の支援により、DT圏の研究を進展させ、数学の諸分野や理論物理学に広く影響を与える研究が展開されることが期待される。




助成を受けて

私の研究は純粋に数学的な興味によるものですので、どのように社会の役に立つかはすぐには分かりません。このような基礎研究に 10 年間という長期にわたって支援していただけるのは大変感激で、また大きな責任も感じます。この InaRIS の支援を通じて、数えるという行為を根本から見直す新たな数学理論を開拓して、10 年後には研究分野の考え方そのものが変わる研究をしたいと思っています。また、本研究の国際化や次世代の育成にも貢献したいと思っています。

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